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2017年3月 8日 (水)

「アフリカで誕生した人類が日本人になるまで」を読んで

日本人とあるが、日本人に辿り着くには紙数の半数以上を乗り越えないといけない。サルから分岐し始めるのが数百万年、ヒトとして確立するのが数十万年、地球上に拡散し終えたのが数万年前、遺跡に痕跡を残し始めるのが数千年前、歴史資料が増え始めるのが数百年前、個人が記憶を辿れるのが数十年前、個人の記憶が明確なのが数年前だろうか。

最近のDNAによる話しではなく、著者が専門の形態学に基づく人類学の話しだ。アフリカを出て東へ東南アジアに進み、そこから北へ日本に来たのが縄文人。それまでの過程も海岸沿いでおそらく魚を常食した海の民。もっと大陸寄りをバイカル湖辺りまで北上した後、南下したのが弥生人。こちらは、稲作を覚えた農耕民になるのだろうか。なお、弥生人同様寒冷地から南下したのが南北アメリカ人で、太平洋東岸側は台湾や他の南洋諸島にも見られるようだ。

さて、縄文人は弥生人にほとんど置換されたらしい。稲作に基づく人口爆発をメインに話されているが、アメリカンネイティブがヨーロッパ人に置換された例を考えると虐殺や伝染病と言う線もあるのだろう。まあ、虐殺でも、マヤやインカの後のペルーやメキシコが未だにモンゴル系であることを思うと難しいか。一説に伝染病と言われる合衆国の方が有りそうか。でも、縄文人女性の形質は残っているらしいので、今の金が昔の米だと思うと、女性が弥生人のDNAだけを残して、縄文人男性は経済的に淘汰されたのかもしれない。

さらに言えばなぜ東へ、或いは北や南に動いたか、だが、これはこの本にも多少出て来るが気温変動だろう。13万年前に現在より6度高くなったが、11万年前には現在より6度、7-2万年前には8度低くなったが、その後高くなって現在に至る。現在の気候分布がそれだけの変動でどう変わるかは不明だが、シベリアも東南アジアもその程度の気温変化で理解できる。
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/f/f8/Ice_Age_Temperature.png
https://nelson.wisc.edu/sage/data-and-models/atlas/maps/avganntemp/atl_avganntemp.jpg

寒くなって食料が枯渇し、それでも暖かい赤道付近を東西に拡散。東への一派が暖かくなったため、南北へ移動、このうちの北への一派が縄文人。しかしまた寒くなって、別のもっと北へ行った一派が耐え切れず南下、それが弥生人。とかは年代が合わないのだろうか。

一方、大陸移動はどうなっていたのか、いくつか動画を見たが、これはもう一段古いようだ。恐竜とかの世界。数千万年前には陸地は大方今の形だ。1千年前にはインドはインドになっている。500万年前ぐらいのスケールで日本も日本のようだ。ヒトに限定すれば、氷河期での海洋の上下を考えれば良いようだ。
https://www.youtube.com/watch?v=jjO7qgVyajw
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/2/2f/Himalaya-formation.gif
https://www.youtube.com/watch?v=hVsWfQGb7Hs#t=649.462153

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